みたらし垂らした人たらし

だいだらぼっちは今日も歩く

東京の大学生が日常にあれこれ言うページ

どこかの誰かが勝手に障害と決めただけで、それは本来個性なのだという話

まさに茂木さんが書かれている通りで、障害とうよりは生まれ持った特性、個性といえるのが発達障害だと思います。ただ取り違えてはいけない点は、一般的に容易にできることも、発達障害の方にとっては想像を絶するほど難しいということです。だから個性といっても、自分でどうにかやりくりできる個性というより、自分でやりくりしたくてもどうにかやっていくのに相当苦労する個性です。いや何も直す必要などないのですが。。。(ただ今の社会の枠組みにおいて、発達障害と診断されることによって初めて配慮が受けられる場合もあります。ですから、この枠組みにおいては発達障害という診断も悪いこととは言えません。しかしながら、発達障害も個性だという姿勢が欠けているのではないかという批判がタイトルに込めた意味です)

私がここまで丁寧に書いているのは、様々な人とお話しする中で未だに根拠のない根性論を語る方がいらっしゃるからです。お前はだらしがないとか、自分に甘いからだとか、クズだとか言って、問題を抱えている人と真正面から向き合えない方が残念ながら少なくありません。本当に残念。

この国における個人主義は、頭で分かっていても身体で分かっていない人が多いのです。もちろん僕もその1人かもしれません。個性という言葉が、その真の意味で使われるようになった時、人々が幸せになれるような、そんな気がします。